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2010年1月 9日 (土)

30数年越しの、おけら参り・その3 完

Okerabi  火縄売りのお姉さんに「おけら火」を授かる場所を聞いて、さらに石畳をのぼっていく。 「おけら火」を授かる場所は三箇所用意されている。

 写真は一瞬人波が途絶えた時に撮ったが、実際は、早い時間にもかかわらず、結構な人数がおけら火に集まるので、新年に変わる前後はかなり危険な状態になると思う。 

 事実、このとき奥さんは、新品のコートを焦がされて凹んだ。 危ないな~

             

             

Okeramairi5  ついに「おけら火」を授かり、「おけら参り」に行くという願いがかなった。 おもえば、大晦日に一人熱を出し、留守番するはめになってよりじつに30数年越しの達成である。

             

            

Okerabi3_2

 授かった火は消えない様に、大切にクルクル回しながら歩く。

 くれぐれも人に当たらない様に細心の注意払う事。

             

             

Omairi1231  時間的には、かなり早いがお参りもした。 23:00には一旦人を止めて入場規制をする、と看板があった。

 

        

               

           

Kaerimiti  そおなると、境内は一方通行になり、来た道からは帰ることができなくなる。 まあそれでないと、境内はパニックになるわな。

 私たちがお参りを済ませて帰るときはまだ21:00まえだったので、普通に来た参道をくだった。 子供は、道中、今度は「わた菓子」を買った、一つ¥500なり。 子供って「わた菓子」好きだな~。

 八坂神社から京阪「ぎおんしじょう」駅への道はとても寒かった。 子供は「手が開かないよ~」と言っていた。 私も手が、かじかんで開かなかった、この日の京都の気温はいったい何℃だったのだろう。

             

           

Hinawa  大切に運んできた「おけら火」だが、結局は駅の入り口で火を消した。 電車に乗るのだから仕方がない。 でも火縄は大切に持ち帰った。

               

                

Keihan 紅白歌合戦をやっている時間帯で、初詣にも少し時間があるので、電車はとても空いていた。

 家に帰ると、福山雅治さんの登場にまにあったので奥さんは喜んだ。 その後、母や弟とみんなで年越しそばを食べた。そばは「にしんそば」だった。 大晦日に母と年越しそばを食べたのは何年ぶりだろう。 

 疲れきったわたしは、そのまま寝入ってしまった。 朦朧とする意識のなかで「永ちゃん」声が聞こえた。 一瞬起き上がったが、丁度歌が終わったところだったのでがっかりしてまた寝た。 聴きたかったよ~

 再び起きたのは「ゆく年くる年」のとき、NHKは派手なカウントダウンも無く、しずかに年が変わった。

 今年は2日から仕事で、この日に帰らなければならないので、疲れに帰った様なものだが、無理をしてでも帰ってきてよかった。

 それにしても、小学生の時に行きそびれた「おけら参り」、次に行くときに、自分に奥さんと子供が居るとは夢にも思わなかったな。

 完  

           

               

 

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